「40歳でW杯に出るって、どれだけすごいことなの?」——そんな疑問を持ったあなたへ。
クロアチアの司令塔・ルカ・モドリッチが、2026年W杯でまた歴史を塗り替えました。代表デビューから20年、パナマ戦でついに国際Aマッチ通算200試合出場というクロアチア歴代最多記録を達成したのです。
この記事では、モドリッチの歩んだ軌跡・200試合の意味・なぜ40歳でもトップレベルで輝けるのかを深掘りします。
この記事で分かること
- モドリッチが40歳でW杯に出続けられる理由
- 代表200試合という偉業の重さ
- 難民から世界最高の選手になった人生の軌跡
- 2026年W杯でのクロアチアの現状と今後の展望
モドリッチとはどんな選手?
ルカ・モドリッチは1985年9月9日生まれ。現在40歳で、現在はACミランに所属しています。
小柄で細身の体から繰り出す巧みな技術と卓越した試合読み、そして闘志あふれるプレースタイルで、長年にわたって世界トップクラスのMFとして君臨。レアル・マドリードでは13年間で28個のタイトルを獲得し、2018年にはバロンドールを受賞しています。
W杯では2018年ロシア大会でクロアチアを準優勝に、2022年カタール大会では3位へ導くなど、出るたびに結果を残してきました。
難民から世界の頂点へ——波乱の人生
モドリッチの人生は、順風満帆とはほど遠いものでした。
旧ユーゴスラビア・ザダル出身の彼は、6歳のときに紛争で祖父が殺害され、家を焼き払われて難民生活を余儀なくされました。その過酷な経験が、今も彼の精神的な強さの根底にあるといわれています。
地元の名門ディナモ・ザグレブの下部組織から育ち、期限付き移籍を経て2005年にトップチームでデビュー。トットナムへの移籍を経て、2012年からレアル・マドリードへ加入し、世界最高の舞台で輝き続けました。
「私はただ、大きな夢を抱いた少年だった。たった1試合でいいから出場したいと夢見ていたが、もうすぐ200試合になる」——モドリッチ本人の言葉です。
2026年W杯:200試合目をパナマ戦で達成
今年4月末には左頬骨を骨折して手術まで経験しながら、W杯という大舞台に戻ってきたモドリッチ。5度目のW杯出場で、史上4人しかいない40代フィールドプレーヤーとしての出場も達成しています。
初戦のイングランド戦では自身のファウルがPKによる失点につながり、後半13分に交代という悔しい結果に。それだけに、パナマ戦での200試合目の節目にかける思いは格別だったはずです。
代表デビューから20年という節目でもある今大会。「206試合目の決勝まで歩を進める」という宣言どおり、クロアチアを再び世界の頂点へ導こうとしています。
モドリッチのキャリア主要記録
節目を振り返ると、その歩みの重さがよく分かります。
- 2006年3月:クロアチア代表デビュー
- 2012年:レアル・マドリード加入
- 2018年:W杯でバロンドール受賞・クロアチア準優勝
- 2022年:W杯クロアチア3位入賞
- 2026年:代表200試合達成(クロアチア歴代最多)・40代フィールドプレーヤーとしてW杯出場
記事公開時点での情報をもとに作成しています。試合結果や最新情報はNHKやスポーツ各社の報道でご確認ください。
まとめ
- モドリッチが2026年W杯パナマ戦でクロアチア代表200試合目を達成
- 6歳で難民となった過去が強さの源、代表デビューから20年
- 2018年バロンドール受賞・W杯準優勝の実績を持つ
- 今年4月に手術を経てもW杯の大舞台に戻った不屈の精神
長友佑都も「すごいを通り越す域」と感嘆した、同世代のレジェンドたちの活躍。モドリッチのこの夏の軌跡からも、目が離せません。
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